Yurigramming

読書と登山とプログラミングと

幽霊列車とこんぺい糖

この本の存在は中学生くらいの頃から知っていて、当時から百合ラノベの名作として語られていたのを覚えている。絶版になって以来、プレミアがついて手が出せない状態が続いていたのだが、今回新装版として誰でも手に取ることができるようになった。

想像以上にダークな話だった。

中学2年生の海幸はキャバクラで働くシングルマザーのもとで育ち、父親が誰かも知らない上に
母親は育児放棄をしてしまい、祖母に育てられてきた。
風呂場で産み落とされた排泄物と自称しているところからも自身が生まれたことに
罪の意識というか、何の希望ももっていない様子が感じ取れる。
童顔ロリ巨乳の母親は男をとっかえひっかえしているような有様で、海幸のことを
自分の妹と紹介し、海幸にもお母さんではなくチコちゃんと呼ばせている。

生きる希望を失っている海幸がそれでも生き続けているのは祖母の遺言、
「チコちゃんを、お願いね」という言葉があったからだ。
しかし、海幸は物語冒頭で電車に轢かれて死のうと駅へ向かう。
結局、この路線は廃線になっていて海幸は死ぬことができなかったのだが、
そこで出会ったのがリガヤこと里ヶ谷千夏だった。
リガヤは幽霊鉄道を復活させようとしていて、海幸はその手伝いをし、最後には
その幽霊鉄道で殺してもらう、そんな手筈になっていく。

リガヤとの出会いは海幸を変えた。リガヤは有名な芸術家であったが、創作に没頭するあまり
食事も忘れてしまう有様で、海幸はそんな彼女の世話を最初はイヤイヤながらも、
そのうち自発的に行うようになっていく。望まれない子供と自覚していた海幸にとって
他人の世話をして、他人から必要とされる経験を得ることはどれだけ大切なことだったのだろう。
海幸はリガヤの従姉妹が営むパン屋でアルバイトをしているのだが、その目的だって
自分の命に掛けた死亡保険の保険料を支払うためで、その保険料は母の老後の足しにするため
でしかなかったのだ。リガヤとの出会いが母の呪縛?を解くきっかけになったことだろう。

しかし、リガヤとの出会いが死を思いとどまらせることになったのかというとそうでもない。
リコちゃんには幼馴染の生保レディ雪乃がいるのだが、これがリコちゃんのことをもうとんでもなく大好きでリコちゃんのためならどんなことだってする覚悟でいるのだ。
そうなると、死亡保険の5000万円も海幸の世話も必要ない、自分がいなくても雪乃がいれば
リコちゃんは生活していける...そう考えると自分の命を母に捧げる必要などないではないか、
という感じである。ただ、母親と幼馴染のことは紙面の都合かこのあたりのことは端折られてしまっているので、こんなダメ人間をなぜそこまで愛しているのかとか、この生保レディに本当にそこまでの覚悟があるのか?とか、そんな疑問は感じられた。だから、海幸が自殺に対する考えを大きく変えるのもどうも腑に落ちないところがあった。

リガヤはリガヤで単なる芸術家ではない、というか、海幸よりもヤバイのが彼女である。

ここで幽霊鉄道というのが何かというと、廃線になる前に走っていた電車は
リガヤの姉千織とその不倫相手が乗る車とぶつかって、乗客7人が死亡する事故を起こしたことがある。この事故の原因は心を病み死を決意した千織にあったのだが、多くの人が犠牲になったこともあって遺族であるリガヤは街を出ていくことを余儀なくされる。そして、姉を死へと向かわせたのはLIGAYAの石窯を作ったリガヤであった。
本当は姉と一緒に死にたかったのだが、なぜか姉は自身の主治医で不倫相手の男と心中を遂げた。
この姉の選択についても姉自身何も語らないから結局よく分からない。
妹には生きていてほしい、という思いなのだろうが、取り残されたリガヤは何とかして
姉と共に死のうという願いを実現しようとする。それが、幽霊鉄道の復活を試みる理由である。

リガヤは単なる芸術家ではなく、自身の死に場所を自ら作ろうとしていたのであって、海幸とリガヤは互いに自身の死を求めるという点では同じだったことになる。

犠牲者を模した人形に囲まれて、姉そっくりの姿に着替えさせた海幸に斧をもたせて
姉の轢死体と同じ場所を切断してくれと頼む、発狂したリガヤを姉の好物であった
金平糖のキス(!)で静める...そんなお耽美な世界が幽霊列車で繰り広げられる。

もとは文庫3冊だったものを1つにまとめたそうなので、説明不十分に感じるところも多々あって
展開に疑問を感じる部分もあるにはあった。生きる希望をただ一人の人、肉親である母と姉にしか見出せなかった2人が偶然廃線になった路線で出逢い、お互いがお互いの生きる理由になる。
作中でも女性同士ということが言われているが、それでも結婚というのはこういうものなのだろう。
一昔前の作品だが、今の時代の作品だったらこのまま本当に結婚したっておかしくないラストだった。